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| 京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46 075-861-0343 9:00~16:00 (4月~5月、10月~11月は17:00まで)400円 |
源融の山荘であった棲霞観に没後阿弥陀堂を建て寺にしたのが起こりで、後に釈迦如来が祀られ「嵯峨釈迦堂」として親しまれました。インドからシルクロードを経て中国へ、さらに海を渡り日本に伝えられたという本尊は、体内に経典などのほか絹製の五臓六腑を収め、生身の釈迦如来と尊ばれてきました。「清凉寺式」としてその後の仏像様式にも大きな影響を与えています。須磨から帰京し再び栄華を手にした光源氏は、その反面出家を思い『絵合』『松風』において嵯峨に御堂を建てました。また『若菜上』でもその御堂で法要が営まれています。
| 左右に室町時代の作とされる金剛力士像を配する仁王門は、安永6(1777)年の再建です。重層の楼門で上層内部には十六羅漢像が安置されています。 | 広々とした境内には釈迦堂を中心に、阿弥陀堂、一切経蔵、薬師寺、霊宝館、弁天堂、狂言堂、聖徳太子殿、鐘楼、多宝塔など多くの諸堂が | 左大臣源融がモデルとなった主人公、光源氏は輝く容姿と溢れる才能で宮廷中の誰もが魅了されました。 |
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| 京都市右京区 御室大内33 075-461-1155 9:00~16:30 (受付16:00) 御室御殿 500円 |
文学との関わりでは、まず『徒然草』の「仁和寺にある法師」の段が思い浮かびますが、室町時代に著された注釈書には『若菜上』で女三宮を光源氏に託して出家した朱雀院が入る「西山なる御寺」が仁和寺のことであるとあります。仁和寺は光孝天皇、宇多天皇の親子二代に渡って完成し、僧房を表す「室」から「御室」と呼ばれるようになりました。大覚寺と同様に代々出家した親王が住職を勤める門跡寺院として格式を誇り、風格ある金堂は江戸時代初期に御所の紫宸殿を移築し、御影堂も清涼殿の古材を用いて建てられています。
| 現在の仁和寺の諸堂は寛永~正保年間に整備されました。各層の屋根の大きさが一定で、近世の五重塔の建築様式をよく伝えています。 | 徳川家光によって寄進された二王門は南禅寺、知恩院と並んで京都三大門の一つに数えられています。雄大なスケールを持った優美な和風 | 境内に約200本ある御室桜は背丈が低く、開花が4月20日前後となり遅咲きの桜として知られています。 |
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| 滋賀県大津市坂本本町 延暦寺内 077-578-0001 8:30~16:00(閉堂) 12/1~2/末 9:00~15:30(閉堂) 三塔共通:大人550円 |
比叡山は平安京北東の鬼門にあたり、災いを封じるために伝教大師最澄により延暦寺が開かれました。平安末期には三塔十六谷三千坊の規模を誇り、中心である東塔、西塔、横川の三塔の名は源氏物語にも度々出てきます。西塔の法華堂では光源氏が密かに夕顔の四十九日の法要を執り行い、このとき阿闍梨という高位の僧であった乳兄弟の兄が導師を務めた、とあります。この法華堂は常行堂というお堂と高床の廊下でつながれた珍しい造りで、武蔵坊弁慶が廊下を肩で支えてお堂を担ったという話が伝わることから「にない堂」と呼ばれています。
| 江戸時代の俳人、服部嵐雪によって詠まれた「鴨の流れが帯ならば立てる比叡は京美人」という風景は今も変わらず目にすることができます。 | 延暦寺に現存する最古の建物で、本尊の釈迦如来にちなみ釈迦堂と呼ばれています。もとは三井寺の金堂でしたが、秀吉によって現在の場 | 源氏に愛され、悲劇的な最期を遂げた夕顔の四十九日法要は静寂を保つこの地で秘めやかに行われました。 |
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| 滋賀県大津市坂本本町延暦寺内 077-578-0001 8:30~16:00(閉堂)2/1~2/末 9:00~5:30(閉堂) 三塔共通:大人550円 |
平安時代の病気治療で医師と並び欠かせないのが加持祈祷であり、また出家をすれば苦しみから救われるという考えから、作中でも人々は出家を望み、あるいは果たします。藤壺の宮を落飾させた叔父や、浮舟を助けて後に出家させたのは横川の僧都でした。薫は以前より東塔の根本中堂を訪ねることがあり、最終帖では浮舟生存の真偽を確かめるため横川にも足を延ばします。のある杉木立の中を進んでいくと、次第に舞台造りの横川中堂が姿を現します。鮮やかな朱色のお堂は、いつも荘厳な空気に包まれています。
| 比叡山の中興の祖とされる元三大師(良源)が住んだ横川には、今でも鬼門(北東)の位置に元三大師のお墓があります。 |
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| 滋賀県大津市坂本本町延暦寺内 077-578-0001 8:30~16:30(閉堂)2/1~2/末9:00~ 16:00(閉堂) 三塔共通:大人550円 |
根本中堂に薬師如来を祀り、創建以来一度も消えることなく守られてきた不滅の法灯が内陣を照らしています。薫は毎月薬師如来の縁日である八日に仏事を営み、供養のための品を寄進しに根本中堂を度々訪れていました。横川の僧都とも浅からぬ親交があったため『夢浮橋』で浮舟を見つけることができたのです。中の男性の中でもっとも風変わりであったのは薫かもしれません。薫には出世欲がないばかりか常に厭世感がつきまとい、身体からかぐわしい香りがしていたというのも仏道との深い関わりを思わせます。
| 根本中堂と向かいあう文殊楼へは急な階段を登ります。振り返ると根本中堂が美しい姿をみせてくれます。 |
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| 宇治市宇治蓮華116 0774-21-2861 8:30~17:30(鳳凰堂内部9:30~16:10) 600円(鳳凰堂内部別途300円) |
薫は長谷詣で帰りの匂宮を光源氏の遺産である宇治の山荘で迎えました。管弦の音が対岸の八の宮邸にも届いたことから匂宮と宇治の姫との縁も始まり、物語は薫、匂宮、宇治の姫達を中心にドラマティックに展開してゆきます。宇治には貴族の別荘が多く、源融の宇治院は後に藤原道長の手に渡り、息子頼通によって平等院となりました。仏法が滅びるという末法の世の到来に、貴族達は来世での幸福を阿弥陀如来に祈りました。その代表といえる平等院は平安の大仏師定朝作の阿弥陀如来像を安置し、阿弥陀堂である鳳凰堂はまさに極楽浄土の趣です。
| 鳳凰堂前の藤棚は4月下旬から5月上旬が見頃です。藤は藤原氏の象徴。源氏物語においても「藤」は重要なキーワードです。 |
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| 宇治市菟道滋賀谷21 0774-21-2067 8:30~16:30(受付16:00まで)(4月1日~10月31日)、8:30~16:00(受付15:30まで)(11月1日~3月31日)、12月29,30,31日は休み 大人500円 宝物殿別途300円(毎月17日公開) |
光仁天皇が御室を移して観音を祀り、「御室戸寺」と呼ばれたのが起こりと伝えられています。皇室の崇敬も厚く、山裾に広がる五千坪の境内にあじさいやつつじなどが植えられ、花の盛りの眺めは壮観の一言です。本堂前には蓮の鉢が並び、そこかしこで花を開く様子は浄土の趣もある「花の寺」です。こちらには浮船古跡碑があり、三五〇年前に造られた鐘の銘にも「浮船」の名が見え、浮船観音はかの人の念持仏であったとあたかも実在の人物のように語られています。八の宮と薫が師事した「宇治山の阿闍梨」を三室戸寺の僧とする説もあります。
| 本堂は、文化2(1805)年に再建された重層入母屋造の重厚な建物で、本尊として秘仏の千手観音立像が安置されています |



















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